推理小説や怪奇小説の基礎をつくったといわれる米国の作家、エドガー・アラン・ポーが生誕200年、没後160年を迎えた。それを機にゆかりのある米東部の5都市が「わが町の人」を主張し、観光客の誘致にしのぎを削っている。
遺骨をめぐる争奪戦もあり、その争いは小説よりも奇なる現実をみるようだ。
ポーは1809年1月19日、ボストンで俳優と女優の一家に生まれた。エドガーの名は両親が演じたシェークスピアの戯曲に登場する人物にちなむという。だが、3歳にもならないうちに両親を失い、バージニア州リッチモンドのアラン家に引き取られた。名にアランが加わったのはそのときのことだ。
生まれながらに数奇な運命をたどり、フィラデルフィアやニューヨークでも文才を発揮しながら生活には恵まれなかった。1849年10月3日、ボルティモアの路上で倒れているのを発見され、病院に運ばれて4日後に息絶える。
他人の服を着ていたり、「レイノルズ」とつぶやいたり、その死は謎に包まれている。
40年の人生。生まれ故郷のボストンは足跡が少なくても生家近くに記念碑を建て、「ポー生誕の地」を誇る。
18歳で舞い戻り、怪しげな仕事で食いつなぎながら文筆活動を始めた地。生活に困り氏名と年齢を偽って入った陸軍での勤務。そこで初めて出版したのが「あるボストン市民」の名による詩集だったという。
一番長く住んだリッチモンドには「エドガー・アラン・ポー博物館」がある。
引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090124-00000506-san-int
