小説「塩狩峠」モデルの事故から100年 意義再考
◇いかに生き、死ぬか--線路に身を投じ乗客を救った鉄道員を描いた三浦綾子さんの小説
たったいまのこの速度なら、自分の体でこの車両をとめることができる、と信夫はとっさに判断した――暴走し始めた列車を止めるため、線路に身を投じて乗客を救った鉄道員を描いた三浦綾子さんの小説「塩狩峠」。1909年2月28日に上川管内和寒町の塩狩峠で起きた列車事故が、小説のモチーフになった。事故から100年の節目を機に、各地でイベントが計画され、小説の意義を再考しようとする動きが盛り上がっている。今もなお、「塩狩峠」が関心を呼ぶ理由は何か。その背景を探った。【水戸健一】
◇「自殺思いとどまった」
◆テーマは犠牲
列車事故で実際に命を落とした鉄道員、長野政雄さんを主人公のモデルとした「塩狩峠」は、1966年から3年間、日本基督教団の月刊誌に連載され、その後、新潮社から単行本が出版された。連載を前にした三浦さんは、月刊誌に執筆の決意を寄せている。「今回は『犠牲』をテーマとして書いてみたいと思ったわけである」
三浦さんの夫で三浦綾子記念文学館(旭川市)館長、三浦光世さん(84)は塩狩峠を口述筆記し、執筆過程を最も近くで見守った。「綾子は、教会の知人から長野さんの話を聞いて感動した様子だった。熱心に犠牲について考えていた」と当時を振り返る。
「塩狩峠は三浦文学で最もメッセージ性が強い。『犠牲の愛』や『人はいかに生き、いかに死ぬべきか』を問うている」と文学館特別研究員の森下辰衛さん(46)は解説する。
引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090222-00000021-mailo-hok
